はじめにデリケートな話
元カプコンの岡本吉起さん(『ストリートファイターII』開発当時の企画室長)が、ローソンの「ストII」コラボからザンギエフが除外されたことに苦言を呈す動画をアップされていた。
この件はJ-CASTニュースの取材によると、カプコン側にもローソン側にも特別の意図はなく、あいだに入っていた広告代理店の判断だったらしいのだが。
その上で岡本さんの言う通り、「過去の作品に登場させた架空のキャラクター」の扱いを「今の社会情勢や価値観」で左右することは、ぼくも基本的には不当だと認識している。
例えば、南北戦争を時代背景にした映画『風と共に去りぬ』における黒人奴隷の表現にまつわる議論が2020年に巻き起こったが、「その映画を配信することや鑑賞すること」と、「過去に作られた作品を現代の価値観で評価すること」は別々の問題である、という結論(配信停止などはしないが作品解説は充実させる)にその時もなっていたはずだ。
見た目からして別の障壁がある(極端に言えば、今デザインに取り入れたら絶対怒られそうなマークを使っていたとか)ならともかく、ストIIのザンギエフの外見は「白人男性プロレスラー」のキャラクターに過ぎないのだ。
ただし、過去のキャラクターであるザンギエフではなく、現在の作品に登場するザンギエフならば必ず別の問題があると思う。
というか、カプコンが来年リリース予定の『ストリートファイター6』にザンギエフを登場キャラクターとして告知した件については正直「かなりムチャなのでは?」と感じている。
World Tourオープニングムービー
— ストリートファイター / STREET FIGHTER (@StreetFighterJA) 2022年9月16日
ルーク、ジェイミー、マノン、キンバリー、マリーザ、リリー、JP、ジュリ、ディージェイ、キャミィ、リュウ、エドモンド本田、ブランカ、ガイル、ケン、春麗、ザンギエフ、ダルシム
18体のキャラクターが2023年発売予定の#ストリートファイター6 に登場! pic.twitter.com/sXR9xxKFj4
ザンギエフ。
— 三原さん。@ゲーム開発屋さん (@miharasan) 2022年9月16日
出したら出したで批判を受け、
出さなかったら出さなかったで批判を受ける。
ロシアの軍事侵攻さえなければこんなことで頭を悩ますこともなかったと思うし。
正直、同じ立場に立たされたら俺は「様子見」で「出さない」判断をしたと思う。
早く彼がやってきた世界に戻って欲しい。
自分がそう思う理由は、たやすく「ご時世」「配慮」などと言って単純化してしまう以上に、いくつかある。
まず、ザンギエフのその基本的なキャラクター設定からして、何の工夫もなく再登場させるのはムリがある。
彼はシリーズを通した設定として、明らかにゴルバチョフをモデルとした「偉い人」と旧知の仲とされ(大学のレスリング部で先輩後輩の関係)、政治思想でもその影響下にあり、ザンギエフ自身が『闘いのペレストロイカ』という自伝まで執筆していたらしい。

つまりザンギエフが「愛国心を誇るソ連出身の外国人レスラー」というキャラクターとして成立した背景には、(ストIIブームの頃に物心のあった世代なら実感が湧くはずだが)日本国内での人気が非常に高かったゴルバチョフ書記長と、ペレストロイカと呼ばれた政策のポジティブなイメージが伴っていた。
だが、数奇にもそのゴルバチョフ氏が先月亡くなったことで、日本のような民主主義国家側から見た好感度の高さに反し、今のロシア国内での評価は非常に悪い、という側面が知られるようにもなった。
ソ連崩壊後のロシアでは、国家レベルの思想が逆行しているのだから、戦後の日本人が帝国期の日本政府を肯定的に捉えはしないように、考えてみれば当然の話ではあるのだろう。
「ロシア人キャラ」のザンギエフを象徴する決め台詞と言えば「祖国のために」(スト4のアルティメットアトミックバスターのボイスやスト5の勝利セリフなど)なのだが、「国内人気のない元指導者と共鳴していた人物」を、「愛国者」や「出身国のヒーロー」として表現し続けることに相当ムリがあるというのは、想像できると思う。

つまり、「ロシアによる侵略の肯定に繋がる」といったロシア・ボイコットの文脈ですらなく、そもそもペレストロイカを支持し、主に国際交流に励んでいたプロレスラーが今の「ロシアの戦争」と向き合えるのか? そして当のロシア人もそんな「どっちつかずの愛国者」を受け入れられるのか? というと、大いに疑問がある。
ザンギエフという存在から愛国心を取り除くのもキャラクター的にナシだろうし、もちろん今あるロシアという国家に愛国心を捧げさせるのも相当「ない」はずだ。
ちなみに、「ロシア人がどう受け入れるかなんてどうでもいいのでは」と思われるかもしれないが、元々カプコンはロシア地域を立派に市場として扱っていた。
昨年の「CAPCOM Pro Tour 2021」では「欧州-東&ロシア大会」が含まれていて、その決勝戦はロシア人同士で競われていたほどだ(当然ながら優勝選手はロシア人)。
その上で、今年の「CAPCOM Pro Tour 2022」において大会概要が公開されたのは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった日から5週間後であり、そこでは「欧州-東大会」が予定されているのみで、ロシアは対象地域に含まれなくなっていた。
にも関わらず、侵攻開始の5日前には、欧州-東&ロシア大会の前年優勝者と準優勝者によるエキシビジョンマッチが組まれていたというのは、悲しすぎる話だとしか言いようがない(ちなみに名勝負・名実況だったのでぜひ再生してほしい)。
また、ザンギエフのキャラクター性が今のロシアとそぐわないという問題の次に、ザンギエフ自身にウクライナを連想させる要素が実は多い、という問題がある。
例えば、ザンギエフの「好きなもの」に「コサックダンス」があるが、これはウクライナ・コサック集団に由来する、ウクライナの伝統舞踊である。
つまりソ連崩壊前、ウクライナは「旧ソの構成国の一部」だったからこそ「ソ連キャラのザンギエフ」が趣味にしても許されたのが、今となってはウクライナ文化のアイデンティティに関わる形になっている。
これは単にキャラクター設定だけの問題ではなく、スト5の時点では「コサックマッスル」という技名にもコサック要素が取り入れられている。発祥の地域として南ロシアからウクライナにまたがる「コサック」の概念を、ロシア人のキャラ付けと結び付けていいかは、かなり怪しい。
「私たちは敗れることはない!なぜならわれわれはコサックの一族だからだ!」
— NHKニュース (@nhk_news) September 21, 2022
ウクライナのゼレンスキー大統領がビデオメッセージの中で言及したコサック。
いったい何者なのか?
詳しく調べてみました。 https://t.co/KOnbb2L0bq
技名関係では他にもあり、スト5の新技「ボルシチダイナマイト」のボルシチはロシア料理化しているとはいえ、オリジナルはウクライナの伝統料理だとする見方が強い。
地域を連想させる技名としては「シベリアンエクスプレス」や「ツンドラストーム」などはシベリア地方だからいいとして、(元々不謹慎なネーミングだった心配もするが)「ソ連=原子力発電所」というイメージで名付けられていたであろう「アトミックバスター」系の技名にしても、原発事故の起きた「チェルノブイリ(チョルノービリ)」は「ロシアではなくウクライナの土地」だと思い出しておくべきだろう。
そして当然だが、事故発生時のチェルノブイリ原子力発電所は、旧ソ連政府の支配下にあり、この事故におけるウクライナが「被害者」であることも忘れてはならない(とは言え、カプコンも流石に不味いと思っていたのか、現行タイトルのスト5では「アトミックバスター」系の技が実装されていない)。
スト6の作中年代は1997年直後か、2020年代か
ここまで、ザンギエフは「旧ソのペレストロイカを支えた愛国者」か「今のロシアの愛国者」のどっちつかずにしかなりようがない、と心配してきたが、その判断を行う前に重要な前提がある。
それは、ストシリーズの作中年代というものが、「ストIII」のリリースされた1997年以降、曖昧になり続けているという事実だ。
それ以前のストシリーズでは、作中の時代背景と現実の歴史は、相応の辻褄合わせが行われていた。
ザンギエフと「偉い人」の関係で言えば、ソ連崩壊後の92年に発売されたSFC版ストIIでは「だいとうりょう」が「もとだいとうりょう」へと修正されていたし、ストIIの前日譚(80年代末頃と推定されている)であるZERO2への参戦時では、モデルの人物が書記長だった(ソ連に大統領制がまだ敷かれていなかった)ためか、単に「偉大な指導者」と呼び分けられていた。
※参考記事:
redcyclone0601.blog.fc2.com
スト6は、シリーズが始まって初めて「ストIII後の時代」に進んだナンバリングタイトルだと目されている(1→ZERO→2→4→5→3→6という時系列順)。
そして5とIIIに登場していたサブキャラクターの「保護者」を春麗が続けている設定からすると、さすがに10年は経っていないと考えられる。長くても5年以内かもしれない。
すると2000年前後になるだろうか? しかし、長寿シリーズにありがちな現象として「キャラクターは老けなくても時代は現代に合わせていく」という表現がストシリーズでも発生している。
スト4には(97年以前にはなさそうな)大型画面のフィーチャーフォンが描かれていたし、5や6にはYouTube的な動画サイトやSNS、スマホなどが登場するので、6の舞台は少なくとも2010年代以降……もっと言えば令和以降の「現代」だと思っても違和感はない。

キャラクターの年齢をなるべく変化させたくないシリーズの場合、このように「テクノロジーや流行だけ現代に上書きされる」現象というのは、さして珍しくもないはずだ。
しかし、技術や文化のトレンドではなく、「国際情勢の変化」にどう対応すべきかは作り手も迷うところだろう。
その極端な例が、作中の時間経過に従うなら「エリツィン大統領の在任期間(1991〜99年)」かもしれないが、今に合わせると「プーチン大統領がウクライナ侵攻を始めている」という、ザンギエフの祖国問題なのだった。
だから当然、カプコンとしては「スマートフォンやSNSは普及しているが、プーチン政権のようなものがロシアにない時代」だと思ってほしい、というムチャめな話が起きてしまうのだ。
香港が中心だったストシリーズの中国拳法
そしてもう一つ、格闘ゲームならば避けて通れない国家レベルの歴史がある。
そう、1997年7月1日に行われた「香港返還」だ。

「ストIII」は1997年2月にアーケードゲームとして稼働した。1999年の「3rd」まで続編の開発が続いたものの、ストシリーズの作中世界はほぼ、「香港返還を経験しないまま」時を止め続けていた。
そして1997年以前に作られたストシリーズを遡ってみると、意外なほどに「香港」の存在感が「中国」以上に強かったことに気付かされる。
これも、当時の流行を思い出せる人なら実感できるはずだが、90年代頃の日本人にとって「中華的なイメージ」というのはほとんど香港、特に香港から輸入されたカンフー映画に由来するものだった。
格闘ゲームで「中国拳法(カンフー)」キャラを作ったり、武術的な雰囲気を描こうとした場合、当時の開発者が香港映画をイメージするのは自然だった。

さて、この壁紙で「China」出身のファイター(スト4まで)を一覧できるのだが、もちろん香港返還後になって作られた図なので、香港出身のキャラクターはChinaに一括されている。
1人ずつ、その出自や所在を確かめてみよう。
- 李:スト1の中国代表(ステージも中国の万里の長城)だが香港出身。ウル4のヤンのエンディングではユンヤンと同じ街(香港)に居を構えているような会話がある
- 元:中国出身の老人で、スト1の中国代表だったがZEROからは「香港裏社会の暗殺者」とされ、春麗の亡き父(香港出身)とも関わりを持つ
- 春麗:ストIIの中国代表(ステージは福建省の厦門らしき場所)だが、香港出身の亡き父は香港で警察官をしていたため、娘も「香港生まれ(育ち)」だった可能性は高い
- フェイロン:香港代表で香港出身の香港映画俳優
- ユン:上海生まれだが成長後に香港へ移住
- ヤン:上海生まれだが成長後に香港へ移住
- 火引弾:香港出身だが、香港に移住した日本人の父を持つ日系人
このように、香港と縁のないキャラクターがいないのだ(弾は中華系でもないが)。
ちなみにスト5の新キャラであるF.A.N.Gの場合、中華系の見た目だが、あからさまな非合法組織で育てられた設定のためか「アジアのどこか」と出身をボカされている。
サブキャラクターの中華系キャラというと、ベガ親衛隊のジウユーとヤンユーが中国出身、春麗が保護者となった少女のリーフェンも中国出身(名前の「リー」の漢字が春麗と異なり簡体字の丽で書かれている)というくらいで、カプコンのスタッフが(好みにせよ、無意識にせよ)「中国拳法=香港」のイメージを強く抱えていたことを思わせる。
中国代表の春麗のデザインにしても、日本人が「チャイナドレス」と認識しているスリットを強調した「旗袍」は香港を中心に世界に広められたファッションであったし、今の中国人は「満州民族に由来する旗袍」がチャイナドレスと呼ばれることを嫌い、シニヨンカバーに包まれたお団子頭とセットで「国外作品に中国娘のデザインとして多用されること」に強く反発する傾向がある。
そう考えるなら、春麗はスト6に至るまで、「中国のユーザーに配慮する気があまりない」デザインが続いている。オリジナルのデザインを行った安田朗さんは思いもしなかったことだろうが、彼女には「香港の娘」としての自覚やアイデンティティが与えられ続けている、とも言えるだろうか。
ストリートファイター6を含む歴代の春麗を貼る(ストリートファイターシリーズ限定) pic.twitter.com/gva6PQWr9f
— にワカのタイショー (@wasabitaishi) June 3, 2022
余談ながら、カプコンの共同出資会社「ダレット」が2008年に手掛けた『ストリートファイター オンライン』は「中国でのサービス展開も視野に入れて」金庸の武侠小説のキャラクターを採用していたという。ただ、こちらは成功したアプローチとは言いがたいままサービス終了している(ちなみに金庸は香港の作家)。
返還後の香港を描く困難さ
スト6の新キャラに、酔拳使いの「ジェイミー」がいる。アートディレクターの藤岡要さんの解説によると、アジア系の人種的体格を意識してデザインしてあるそうだ。
ということは(刃牙シリーズの烈海王のように)肌が浅黒いだけで、「中国拳法を習ったアフリカ系やラティーノのキャラクター」というわけではなかったのかも? もう少し公式情報が出てこないとよく分からないが。
自称・中華街のトラブルバスター。
JAMIE | STREET FIGHTER 6(ストリートファイター6) | CAPCOM
憧れる「双龍」ユン・ヤン兄弟にならい、道理や仲間を尊ぶ義と、拳法の武によって街を守っている。特技はダンス全般。
この公式サイトのプロフィールを読むと、ユン・ヤンを見習っていることから香港人だろうか? と考えられるのだが、「中華街のトラブルバスター」という表現がどうも引っかかる。
中華街というとチャイナ・タウンのことだが、香港人が自分の街をチャイナ・タウンと呼ぶものだろうか?
日本国内には日本人街は存在しませんよね?中華街やコリアタウン等はありますが。同様の理由で香港にもチャイナタウンは存在するはずがないのです。
チャイナタウンがいろんな国にありますが香港のチャイナタウンってどこですか?... - Yahoo!知恵袋
そしてスト6のゲーム内では、ルークの職場がアメリカのメトロシティなので、そのルークのライバルに位置付けられたジェイミーも「メトロシティ内のチャイナ・タウンを守っている」と考えるのは自然かもしれない。
ユン・ヤンとの接点を減らしてまで、なぜそんな設定*1になっているのかというと……。はっきり言ってしまえば現代の香港を直接描きにくいからではないか、と思う。
「ストIII 3rd」のユン・ヤンは、秘密結社を率いるギルの支配から香港の街を守ろうとするほどの「ヒーロー」だった。しかしそれが、一国二制度の崩壊に直面している今の香港に対して、あまりにも無力だというのは、少し考えれば想像できてしまう。
この葛藤は、実はアメコミヒーローが経験してきたことにも似ている。
「キャラクターは基本的に変わらないが、時代は流れていく」の代表例がMARVELなどのスーパーヒーローたちであり、彼らは「アメリカを守るヒーローであるにも関わらず、911の同時多発テロを止められなかった無力さ」から逃れられなかったのだと以下の書籍でも語られている。
(尚、本国においても911という未曽有の事態に晒された現実世界にあって「Amazing Spider-Man」36号などで示されたコミック、フィクションのヒーローの存在意義をあらためて見つめなおす時代を経た事も大きかったかと思う次第) pic.twitter.com/zpESvjBUS4
— まつまるたかひこ (@Doratimus_Prime) 2022年5月25日
アメリカのヒーローコミックは「自国の現実を避けて描くこと」もままならず、作家たちはその葛藤と対峙せざるをえなかったというが、日本のゲームなら別に、香港や、いわゆる繁体字圏を「直接描かない」という、消極的な選択もできる。
国の在り方が激変するほどの歴史が流れることで、「昔のままのキャラクター」をのどかに描き続けることが困難になるというのは、けしてロシアにかぎった問題ではない。
中国と香港のバランス感から、中国が軸となっていくSNK
一方、SNKの格闘ゲームは、意外と香港が目立たないのが興味深い。
ちなみに『餓狼伝説』と『龍虎の拳』を手掛けたのが、スト1のディレクターだった元カプコンの西山隆志さんだったというのはちょっとした豆知識。
ただ、これは深読みしすぎという気もするが、「ストII以降の香港路線」に対し、スト1や初代餓狼・龍虎がそれほどでもないのは西山さんに実は理由があったのかもしれない……(と言いつつ、アイレム時代の代表作である『スパルタンX』が香港映画を元にしていたのだから、全然そんな法則性もないのだが)。
まず、初代『餓狼伝説』の中華系キャラといえば中国人のタン・フー・ルーのみだった。
初代はサウスタウンが舞台だったが、再登場した『餓狼伝説SPECIAL』のステージは中国の河北省となり、伝統武術の盛んな地をしっかり選んでいるあたり、なかなか本格的とも言える。

一方で『龍虎の拳』シリーズからは、初代からのリー・パイロン、「外伝」の王覚山の2キャラに留まる。
リー・パイロンはサウスタウン在住だが出身は台湾で、王覚山も台湾出身のためか知り合い同士であるらしい。
中国武術家を台湾から出したり、心意六合拳というマニア好みのする門派を選んでいたり、龍虎はどちらかというと中国武術漫画『拳児』や、中国武術専門誌『武術(うーしゅう)』の影響がカンフー映画よりも強いのでは? というのが格闘技オタク的にはピンと来てしまうところではある。
さて、餓狼シリーズに戻ると、「餓狼2」のチン・シンザンは「台湾出身で中国のタン・フー・ルーに師事し、破門の後に香港を拠点とする」という目まぐるしい経歴の持ち主となっている。キャラクターのモチーフとして、漫画『空手バカ一代』に登場した台湾の太極拳使いと、香港映画俳優のサモ・ハンが混ざっているからだろうか。
「餓狼3」では香港刑事のホンフゥ(チン・シンザンとは知り合い)、香港を拠点とする山崎竜二(※日本人)、秦朝の将軍の末裔である中国人の秦祟秀・秦祟雷、と一気に中国・香港色が多彩になる。
というのも、ジャッキー・チェン映画をモチーフにしたホンフゥのキャラといい、秦兄弟と「秦の秘伝書」をめぐるオカルティックなストーリーといい、いかにも香港映画らしいテイストに溢れていたのが印象的だった。

そして様々な後付け設定の結果、秦の秘伝書の一部はタン・フー・ルーが「八極正拳の拳技の奥義書」として所持していたことになっている(また、後に崇雷はタンに弟子入りしている)。
続いて『リアルバウト餓狼伝説2』の李香緋はサウスタウンのチャイナ・タウン生まれ。「餓狼MOW」の牙刀と双葉ほたるは中国武術家だが、日本人である。
ちなみに、初代からの主人公格であるボガード兄弟の養父(ジェフ・ボガード)はタンの弟子だが、『餓狼伝説 WILD AMBITION』のオープニング映像では「サウスタウンに住むカンフー服を着た中国武術家」という人物像になっている。
『餓狼伝説 WILD AMBITION』には、テリーの父ちゃんのジェフ・ボガードがグラフィックアリで出てくる。 pic.twitter.com/h88DjwU63l
— GZL|浅葉 (@asabataiga) April 17, 2016
そして「餓狼」と「龍虎」がクロスオーバーした「KOF」シリーズによって、SNKの中国イメージは決定的に方向付けられていった。
初代「KOF94」では、格闘大会の各国代表チームとしてそのまま「中国チーム」が登場するが、出身作である『サイコソルジャー』の椎拳崇が中国人だったためか、中国人の鎮元斎を師匠とするチームが結成された。
同じ中国の老武術家同士なので、鎮とタン・フー・ルーには親交がある設定にもなっている。

ここから先のキャラクターは数が多いので一覧でまとめよう。
- KOF99
- 包:中国生まれだが出自は不明。鎮元斎の弟子
- KOF2000
- 麟:中国・河北省出身
- KOF2003
- KOFXI
- 紫苑:中国出身
- KOF MIA
- 笑龍:中国・河北省出身(デュオロンの妹)
- KOFXIV
見ての通り、ストシリーズや餓狼シリーズと比べると、びっくりするくらい香港にまつわるキャラがいないのだ。
しかもほとんどがタン・鎮の弟子であるか、河北省という繋がりがあるというのも凄い。
思えば、3つのシリーズにまたがってSNKを象徴するボスキャラクターとなったギース・ハワードと、それを仇敵とするボガード兄弟が、共にタン・フー・ルーに師事していたというのは後付け設定が大きかったものの、結果的にタンはKOFXV(最新作)の主人公チームの師匠となって導き続けているわけで、SNKの格ゲーとは、タン・フー・ルーこそが物語の柱となった、壮大な「八極正拳サーガ」だったのではと言っても過言ではないかもしれない。
元々、SNKのゲームはアーケード時代から中国人気が凄まじかったとされる。だが中国のゲーム会社にSNK/SNKプレイモアのライセンスが移管されたのは2015年と、シリーズ内では比較的最近のこと(具体的にはアッシュ編完結のKOFXIIIより後)だ。
そうなる前に、「餓狼3」で極まっていた香港映画路線から一気に舵を切り、KOFで「中国キャラ路線」が大きく発展していたのは数奇なものだと感じられる。
香港のストシリーズ、中国のKOF
どちらのシリーズも中華系のキャラクターや舞台の見せ方に特色があり、それぞれの魅力がある。
ただ、国や土地というものは常に変化を起こす可能性があり、いつまでも同じモチーフのままであり続けるとはかぎらない。新しいデバイスやWebサービスの出現によって日常のシーンが刷新されていくのと、根っこでは同じ話だろう。
その端的な例として、ザンギエフがいる。彼には「ソ連が崩壊しなかったifの世界」などが与えられることもなく、その祖国は「旧ソ連」ではなく「ロシア」を指すようになった。
現実の変化はしっかりと、ゲーム内の世界を上書きする。
それが「この世界」を舞台にしたシリーズを作り続けるということで、決して安穏としてはいられないロジックなのだろう。
ストシリーズの歴史にとって、ソ連とは対照的な存在が「香港」だったと思う。
つまりカプコンは、「返還前に開発されたストIII」以降から先の時代に進まないという選択を続けることで、「一国二制度下の香港」を意識したストーリーを描く必要もなかったと言える(なお、スト4シリーズでは香港社会がかなりガッツリ舞台になっている)。
スト6は初めて、ストIIIから先の時代へと進んだタイトルだが、それはユン・ヤンとジェイミーにとって少なからず関係のある要素となるかもしれない。それはザンギエフほどに、明らかな問題に晒されるほどではないにしても。
春麗をマスターとするWORLD TOURのモードでは「九龍城麻雀館」や「香港雞蛋仔(香港ワッフル)」の看板が見えて、ここがページ下のメトロシティのロケーションには含まれていないことからすると、春麗とリーフェンは香港で会える設定になっている…?https://t.co/p6yAGKLhPqhttps://t.co/n4FvMzOKX3 pic.twitter.com/FrQYjwPLrN
— 泉信行 (@izumino) 2022年9月23日