VTuber界の「箱推し」概念について

izumino.hatenablog.com


 半月前の記事で、VTuberグループに対して言われる「箱推し」という用語について軽く触れたのだが、今でもこの言葉は当然のように使われ続けている。

 特に先日、「にじさんじ」の公式サービス「いつから.link」が公式の告知で使用していたのは少し驚かされた。



 このサイトは「フォローしたライバーの配信スケジュールを確認できる」というサービスを提供しているが、ここで言う「箱推し機能」とは、単に全ライバーのフォローボタンを一括で登録できる機能を指している。

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 しかしフォローした個人のことを「推しライバー」と呼ぶことも合わせて、「これで箱を推せる…」と告知の言葉が続くのは、運営側が「箱推し=全員の配信を見逃さない」という、ファンが一般的に用いているのと同じ意味で捉えている可能性を示している。

アイドル用語としての箱推し

 前回の記事でも書いたように、にじさんじファンが言う「箱推し」とは、元のアイドルヲタク*1用語からは歪んだ……というか、かなり限定的な意味で使われる傾向がある。

 元々は、メンバー個人を応援する「単推し」と対になる言葉だったという点から説明しないとわかりにくいだろう。

 この言葉が使われ始めた頃のアイドル業界では、「推しメン以外を推すこと」は「浮気」と捉えられて嫌われる空気があり、それでも複数のメンバーを応援したいファンが言い訳っぽく称するのが「箱推し」だったと思う。

 複数を推したい人は「ユニット推し」を称したり、または「1推し」の次に「2推し」「3推し」がいるという言い方もするのだが、その点で「箱推し」には「特別な推しはいません」という意思表示のニュアンスも含まれている。
 実質誰も推していない以上、浮気も成立しないという弁明が成り立つからだ。

 だから箱推しファンが推しているのは「グループというハコ」であり、厳密にはメンバーではない。
 「プロデューサー目線に近い」と説明されることもあり、アイドルのプロデューサーがメンバーを依怙贔屓してはいけないように、客観的にグループを支持しているニュアンスになる。むしろ、実際にプロデューサーの人や、劇場支配人や楽曲制作者などに注目する、「運営スタッフのファンである」と言ってもいいのだろう。

 歴史の浅いVTuber界では卒業や引退によってメンバーが世代交代するケースもまだないが、箱推しは「メンバーが入れ替わったとしても応援し続ける」というスタンスにも繋がりやすい。

 つまり「平等にグループ全体を推す」ということは「平等にメンバー全員を推さない」という意味でもある
 実は、このあたりリアルのアイドル業界でもニュアンスの混乱があり、「箱推しを自称しているのに全員を同時に推さないのか」という非難がたまに見られる。だが、「グループ(箱)」を応援するのならCDを買ったり劇場公演を見に行けば充分であって、全員のグッズを買い集めたり、全員の握手会に毎回並んだりする必要はない。

 握手会に行くにしても、「前の握手会ではAちゃんとBちゃんに並んだから、今回はDちゃんとFちゃんに並ぼう」「その次はCちゃんとEちゃんだな」というローテーションをしてもいいのだし、一回のイベントで全員に並ばなくても「応援」は可能だ。
 時間的・金銭的リソースとの兼ね合いで、「公平に推すということは公平に推さないということ」というスタンスを選択するのは自然な成り行きだろう。

 さらに前回の記事では「現場ヲタ」「在宅ヲタ」の違いについても触れたのだが、後者の「在宅ヲタ」は「追えないものは追わない」スタンスを明確に持っていると言える。
 特に劇場型のアイドルグループの場合、研究生公演など、ライブの現場でしか出会えないメンバーが大量に存在することになる。
 「現場」ではないアイドルの仕事は「メディア仕事」とも呼ばれ、シングルCDの選抜メンバーなどが優遇されて表に出てくるのだが、在宅ヲタは「メディア仕事がもらえるほど頭角を表してないメンバーはそもそも追わない」という見切りを付け、頭角を表す前のメンバーの応援や、「ポテンシャルの発見・発掘」は現場ヲタに任せる、という立場になる。

 また、各メンバーがブログやSNSのアカウントを持っている場合、それらを全てチェックするのも大変なので、直接見に行かずにまとめサイトにまとめられた情報だけをチェックする」というスタンスにも繋がりやすい。
 インターネットの情報なら「在宅」でも追うことは可能なのだが、「浮上してきた情報の上澄みだけを摂取して、発掘は他の人に任せる」という意味では、「現場と在宅」の対照に通じているだろう。

 ちなみに筆者は、足を運ぶ頻度こそ少ないものの「現場ヲタ」寄りの活動をしていた*2時期があり、その頃はメンバーのブログやSNSも可能なかぎり直接読むように頑張っていた。
 そういう自分からすると「まとめサイト経由でしかSNSは見ないですね」と同じグループのファンに言われると少々寂しい感情にもなっていたものだが、それは「うまく棲み分けできている」と考えてもよかったのだろう。

オタク業界への用語の輸入

 リアルアイドルの用語である「箱推し」が、なぜVTuber界で一般的に使われているのかというと不思議にも感じるが、まず第一には元アイドルファンや、現役でアイドルファンを兼任しているオタクが被って存在しているからだろう。

 次に、ラブライブ!のファン(ラブライバー)がVTuber界に流入しているのも大きい気がする。
 「声優+アイドル+キャラクター」の『ラブライブ!』自体が、アイドル業界と被っていたり被っていなかったりする微妙なファン層を形成しているが、そのため「リアルアイドル好きではないオタクがアイドル用語を学ぶ機会」を多く作っていたと思う。

 加えて、μ'sや Aqoursというグループ(=箱)に「メンバー交代」の概念がないことや、声優アイドルであるがゆえのファンとの距離感(握手会がないなど)、キャラクターや声優がそもそも「ファンの浮気に嫉妬する」という文化を持たずにみんなで仲良く活動していることから、声優アイドル界で言われる箱推しは「浮気への言い訳」という発祥のニュアンスをなくしていったのだろうと思われる。
(もちろん、リアルアイドルでも「握手会や総選挙による競争」が発生しないグループは多く、今のアイドル業界でも箱推しは平和的な意味で言われるようになっている傾向があると思う。)

 そうすると「プロデューサー的な視点での応援」という、メンバーから一歩引いたニュアンスも必要なくなり、素朴に「メンバー全員が推しメン」という意味での理解が広まりやすかったのだろう。
 (これがアイマスシリーズとかだと事情が異なるのだが)声優アイドルはメンバー数もそれほど多くならないので、この「全員が推しメン」という応援の仕方でもそう不都合は起きにくいとも言える。

 さて、問題のにじさんじも「公式ライバー1期生」は8名という少人数であり、2期生を足しても18名だった。この程度の規模なら「全員が推しメン」という意味での「箱推し」概念がそのまま伝わりやすかったのだろうが、ゲーマーズやSEEDsという派生グループが生まれてからは、一気に「箱推しができない」という意見が増えていく。

 しかしここまでの記事の内容を思い出してほしいのだが、「箱推し」は元から数十人を越えるアイドルグループに対しても用いられる言葉なのであって、その発祥を知る者からすると、首をかしげざるをえないのも理解していただけるはずだ。

 余談ながらもうひとつ、「よくある誤解」を解いておきたいのだが、AKB48などの「48」乃木坂46などの「46」「メンバー数をそのまま表す数字ではない」
 たまたま正規メンバーをその人数で揃えることはあっても、それは数字としてキリがいいからであって*3、数字より少なくても多くてもこだわりはしていない。

 例えばAKB48だと116名が所属しているし、逆にSTU4833名しか所属していない。
 乃木坂46は47名という近似値だが、欅坂46は27名であまりメンバーを増やさない方向性を取っているようだ。
 百名を上回るAKBに対し、65名が所属するにじさんじのライバーたちが「とうとうAKBを超えちゃったね」などと発言することも多いのだが、そういう時はコメントなどで指摘してあげてほしい。

 話を戻すと、アイドル業界について語ってきた通り、60人だろうと100人だろうと「箱推し」という応援の仕方は充分に成立する
 その事実がVTuber界でなかなか伝わりにくいのは、「箱推し」という用語だけは輸入したものの、「現場ヲタ/在宅ヲタ」のような「何を追って何を追わないのかにラインを引く概念」までは輸入できなかったので、「平等に推さないことで全体を応援する」というスタンスが掴みづらいという理由もあるのだろう。

 VTuber界の「箱推し」に対して、「もはや由来から意味が変化した別の言葉なのだ」と言って片付けてもいいかもしれないが、これ以上「不可能であることを前提にした用語」なんかが存在するのは単純に不毛だし、運営が「箱推し機能」を実装する一方、ライバーが「ムリして箱推しなんてしなくてもいいよ」と配信ごとに説得しなければいけない様子を見続けるのも気の毒だ。

 大きな弊害があるわけではないが、小さな齟齬がどんどん膨らみやすく、実益を感じられない誤用だと言ってもいいかもしれない。

 ちなみに指原莉乃の2年前の発言を借りるなら、当のAKBやその姉妹グループも「箱推し」を望んでいる姿勢が見て取れる。

「箱推しができるグループに」という意見に対し、指原は総選挙がない坂道シリーズについて「(総選挙がなく争わないから)みんな好き! ってできるじゃないですか」と言うと、「グループの感じが好きだったら、誰か推しメンが卒業しても2推しを応援できるじゃない。だってグループが好きなんだから。だけど今のAKBはそれができない」と指摘。小嶋や峯岸のように個人でも活動できるメンバーが増えた結果、AKB48というグループそのもののファンが減少傾向にあるようだ。

realsound.jp


 ここで言われる「箱推し」は、「推しメンと2推し」と併用されていることからもわかるように、「箱そのもの」と「個人」の応援は両立するものとして捉えられている点も興味深い。
 グループ全体を応援しながら、そのなかに「贔屓の推し」がいてもよい、と考えるのが現実的な「箱推し」の形であり、運営する側にとっても理想的だと捉えられている状況がうかがえる。

 この発言を「にじさんじプロジェクト」との比較で見るならば、「個人で活動できるメンバーが増えた結果、グループそのもののファンが減少する」という痛烈な指摘に思うところのある、にじさんじファンも多くいるのではないだろうか。

 現実としては、今のにじさんじに「個人で活動できるメンバー」はそれほど多くない。実際には「グループやユニットとしての総合力」を発揮しているライバーたちの努力が高く、「個人を推してくれればいい」という本人らの主張とは離れた状況にある、というのは前回の記事で触れた通りだ。

 「箱推しをせずに好きなメンバーを追ってくれればいい」という言葉はよく聞くものの、ライバーたちが深く考えずに言っているようでもあって、「箱推し」はしてもいいし歓迎すべきものだとも思う。

 ただし、「配信スケジュールサイトで全員の配信を見逃さない」ことを「箱推しができる」と呼ぶというのなら、それは絶対に意味が間違っているのだ。

アイドルヲタクに近付いている現実のVTuberファン

 ここまでを読んだなら、多くのにじさんじファンが「自分って普通に箱推ししてたんだな」と納得しているんじゃないかなとも思う。

  • この記事の作業中に目に入った今日の切り抜き動画


 特に2019年に入ってからは、シンプルな「切り抜き動画」の投稿頻度が増えてきた。
 ニコニコ動画に手の込んだMADや編集動画を投稿するよりも、Twitterに短い切り抜きを投稿するのは手軽に行えるファン活動になっている。それらを見ることで「今はどのライバーたちが面白いことをやっているのか」を後から知る、という楽しみ方は、在宅ヲタがまとめサイトを頼りにアイドルを発掘する方法によく似ている。

 TwitterではRTで回ってくることが多いのだろうが、例えば「ライバー全員を登録したリスト」を開いておけば、ライバー自身がRTする切り抜き動画が勝手に目に入ってくるはずだ。

 もちろん、生配信をリアルタイムで追わなければコメントには参加できないし、アーカイブが残らないリスクもあるのだが、リアルタイム参加は「現場ヲタ」がやるようなものだと思えばいい。

 「本当に外出するリアルイベント」がレアになるVTuberにとっては、「現場/在宅」という分け方に意味はないのだが、例えば「1推しがいる配信はなるべくリアルタイムで、他は切り抜きから辿る」というスタンスの「箱推し」がいたって全然構わない。

 むしろ、普通のファンは自然とその方向に流れていくはずであって、今更指摘するようなことでもない、とすら言えるだろう。
 そこで「箱推しはムリ(しなくていい)」「好きな個人だけ見ればいい」といった、よく聞く言葉のほうが不自然なだけだ、とも言える。

 マネタイズの面から言っても、公式アイテムを買って売上に貢献することは、生配信を見ていなくても可能だ。これもシングルCDや写真集などを買うアイドルヲタクが、劇場公演に通っているわけでもない(1回でも現場を体験していれば充分なくらいだとも言える)ことに通じる。

 前回の記事で、「考えをまとめるだけで結論は出さない」と最後に締めくくったのだが、現実的に考えられる結論はこのようなものだと思っている。

 残る問題は、この現状を運営、各ライバー、各ファンがそれぞれ認識し、次の手を正しく打てるか(ファンはそれを引き出し、対応できるか)なのだろう。

にじさんじ以外の話題のおまけ


 ちなみにだが、筆者がTwitterで「アイドル用語としての箱推し」についてざっくりと説明していたところ、「あにまーれ」所属の因幡はねるからリプライが届いたという驚きの一幕があった。

 彼女は、発祥に近い意味で「箱推し」を捉えているだけでなく、「異性との接触禁止を厳守する」「ファンの浮気を許さない」といったリアルアイドルの価値観を持って活動している、珍しいタイプのVTuberである。

 想定外の反応として興味深かったのは、彼女自身の感想ではなく(ものすごくキャラ通りの反応なので内容自体は驚くものではない)、このリプライを覗いた彼女のファンたちが、「元の意味を知らずに箱推しを使ってた」「なぜ彼女が箱推しに抵抗感を持っていたのかやっと理解した」というような動揺を示していたことにある。

 4人グループである「あにまーれ」は、ラブライバーのような意味での「全員を推す箱推し」が全然やりやすい「箱」なのだが、にじさんじとはまた別の混乱が起きており、由来を知ることでそれが解消に近付く、というのは予想外ではあったが嬉しい誤算だったかもしれない。


コンプティーク 2019年3月号

コンプティーク 2019年3月号

  • 発売日: 2019/02/09
  • メディア: 雑誌

*1:前回も補足していたがアイドル業界では「ヲタク」表記が主なのでこう書く

*2:公演が主で握手券はほぼ買わない

*3:特に「48」は色んな数で割れるため、「16人×3チーム=48人」というキリのよい編成にはなりやすい